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作曲

ツイートまとめ
「ASKAのコード進行」
【作詞】 【ボーカル】

ツイートまとめ「ASKAのコード進行」より、引用部分
項目引用
1.美しいコード進行全般

星野源さん 2012.7

CHAGE and ASKAのASKAさんの曲なんて、ホントにすごいんです。ありえないコード進行だし、メロディもすごい。よく「○○っぽい」って曲ありますけど、そういうこともできないんですよね、チャゲアスの曲は。あまりにもすごすぎて、誰も真似できないところまでいっちゃってるというか。しかも、それが日本のど真ん中でたくさんの人に知られてるわけじゃないですか。それはめちゃくちゃカッコいいと思うし、オルタナティブな雰囲気を感じるんですよ。 引用元 - 《音楽ナタリー》「星野源インタビュー 自分なりのJ-POPチューン「夢の外へ」」 2012.7.4


押尾コータローさん 2010.11

楽曲も独特のコード進行でカッコイイんですよね。 引用元 - 《mbsラジオHP》「押尾コータローの押しても弾いても」スタジオ日記 2010.11.22


上松範康さん 2018.4

自発的にCDを買ったのはCHAGE and ASKAさんの「SAY YES」(1991年)で、(中略)でもこの曲は今まで聴いていた音楽と違って、耳と心にメロディと歌詞が一体となってすっと入ってくる感じが、僕の中ではすごく新しかった。しかも当時、すでにたいていの曲は聴けば鍵盤で弾けたのに、この曲だけはなぜか弾けなかったんです。その頃は不思議で、ずっと「なんでだろう?」と思っていたのですが、後々になって分析してみると、この曲ってものすごく転調しているんです。なのにあんなにキャッチ―な1曲として誰もが歌えるような曲になっている。僕の作る曲に転調がいっぱい入っているのは、ここにルーツがあります。 引用元 - 《Google Books》「アニソン・ゲーム音楽作り20年の軌跡~上松範康の仕事術~」上松 範康著 2018.4.20


藤田麻衣子さん 2018.9

世の中にはこれだけ多くの曲があるので、たいていの曲は似たコード進行の曲がいくつか見つかるものなのですが、ASKAさんの曲のコード進行は、他のどの曲にも似たものがなく、とても独自の動き方をするんです。だからといって変わった曲ではなく、普遍的な魅力があって、シンガーソングライターとしてとても衝撃を受けました。 引用元 - 《musicvoice》「シンガーソングライターの原点、藤田麻衣子 90年代J-POPの魅力」2018.9.19


楽曲分析サイト(rabbitnoid) 2010.9

「水の部屋」「PRIDE」 「砂時計のくびれた場所」「you&me」「僕は僕なりの」 「水の部屋」別アナリーゼ 「201号」

日本では洋楽に強く影響を受けた世代が、その音楽知を自分なりに培養して作曲テクニックを磨き、レベルの高い楽曲を作りJ-POPシーンの進化発展に貢献してきたアーティスト達がいた。(中略)さて今回はそのような出自から出てきて90年代に日本のポップス・シーンのトップを走っていたASKAの曲を分析することにしよう。当時の人気と売り上げ以上に作曲能力の高さ、楽曲構築の緻密さなどは、今もって日本のポップス界でこれを越える人材はなかなか見あたらないからである。ASKAのほとんどの曲は大曲でも小曲でも懐が深く、スケールが大きい。それが良いか悪いか、あるいは好き嫌いは別として、これほどのスケール感を感じさせる曲調は現在のJ-POPではもう見られなくなってしまった。 引用元 - 《楽曲分析サイト(rabbitnoid)》『「音楽の魔法」J-POPの巨匠達 第一回:「オン・コード(分数コード)の達人~その①」』


ASKA 2012.10、2017.3、2018.6
見たままがコード

ギターでは曲が作れなくなっていた。(中略)分数コードでの作曲を目指しても、ギターで弾くと僕には分数コードに聞こえないんです。作曲が苦になり始めてしまった。 引用元 - 《amazon》『ぴあ&ASKA』 2012.10.16

鍵盤ではコードが分からないため、指先2本で音を弄った。それから少しずつ鍵盤を押さえる指の数が増え、やっと作曲できるくらいに動かせるようになった。初めてピアノで作った曲が「ムーンライトブルース」だ。その後、慣れてくると楽曲の量産体制に入った。調子の良し悪しなど関係なく、どんなときも曲ができた。ギターではうまく聞こえなかった分数コードが、はっきりと聴こえるのだ。これは大きかった。少しずつ鍵盤が分かってくると、見たままがコードだというところに落ち着いた。 引用元 - 《Google Books》『700番1巻』ASKA著 2017.3.19

(鍵盤は)押さえればそれがコードですから。ギターの場合は開放弦が入ってきたりして、これは何のコードだろう?と考えなきゃならないんですね。その点、鍵盤はすごく分かりやすい。それから、ギターは分数コードを出すにしても鳴りをしっかりと考えた押さえ方をしないと広がりが出てこないんです。それが鍵盤だと簡単に広がるんですね。僕にとっては鍵盤の方が楽曲に対するイマジネーションが湧きやすいんです。 引用元 - 《e-onkyo music》ASKAインタビュー 2018.6.12


(音楽評論家)田家秀樹さん 2020.6

1984年2月に初めてピアノで作ったというシングル『MOON LIGHT BLUES』が出るんですね。この曲を聴いた時に、「いい曲だな、CHAGE and ASKAが全然違うところに来た」という印象があります。 引用元 - ラジオ番組『J-POP LEGEND FORUM』2020.6.29


ASKA 2021.5
(1985年頃は)理論も持ち合わせておらず、感覚優先で

(1985年発表の)「予感」の歌い出しは、2度マイナーから入ります。そしてトニック(ド・ミ・ソ)に落ち着かず、不安定なメジャーセブンスを用いるこちで、楽曲が柔らかく感じるようになっています。この分析は、今でこそ、しっかり語ることができますが、あの頃は、そのような理論も持ち合わせておらず、ただ、「このコードの方が気持ちがいい」これだけだったんですね。感覚優先で書きました。 引用元 - ASKA-blog 2021.5.3


ASKA 2020.3、2020.4
ベースラインは大切

根本要:ASKAの曲作りを見ていた時に、左手がね、自分の行きたい音っていうのがあって。ベースラインからコードを発想しているのかなーって、ふとその時思ったんだけど。
ASKA:ベースラインは大切だね。
引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「KANと要のWabi Sabiナイト」2020.4.4

ASKA:コードってほら、どのコードによってそのメロディが来るかによって、メロディが生きるか死ぬかじゃない?(中略)コードワークの中のメロディがどこを走っているかで、曲の良さが決まってて。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「NACK de ROCK」2020.3.23

ASKA:分数コードとかオンコードってのは楽曲作るにおいてはすごく大切なことで。それがあってこそ転調もいけるわけで。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「田家秀樹 J-POP TALKIN'」2020.3.28, 4.4


ASKA 2020.3
アレンジの胆はコード進行

アレンジの聴かせどころはいろいろあると思いますが、僕は特にコード進行が大事だと思っています。どれだけショッキングな展開を持ってこようと、コード進行がそれについて行かなければ、ハッとするような魅力は生まれないと思っているんです。だから、僕のアレンジの胆はすべて、コード進行が鍵になっていると言えます。 引用元 - 《e-onkyo music》ASKAインタビュー 2020.3.6


ASKA 2016.10
(楽曲制作の現場にて)メロディやコードが変化していく

僕は、毎度歌うごとにメロディやコードが変化していきます 引用元 - ASKA-blog 2016.10.28


ASKA 2008.9
同じコード進行で違う曲はいくらでも作れる、それがまた面白い

たとえば、1曲完成するでしょ。このコード進行で違う曲を作れといったら、いくらでも作れますよ。それがまたおもしろいわけです。自分でやっている、作っている意識を忘れないでやっていくことが重要なんですね。 引用元 - 《ぴあ》ASKAインタビュー 2008.9


SAY YES

根本要さん/KANさん 2019.10

根本:ASKAがやるということで代表曲を歌ってもらおうみたいなところがあったけども、やっぱりね、楽曲の特異性というかね、完成度の高さというかね、やっぱり、ASKAという人間は凄いな。改めて僕らはあいつの曲を、自分たちで分析して実際に演奏すると、そうか、こうやって出来上がっていたか。まずね、『SAY YES』のサビのメロディ―ラインの作り方とか、そこに持っていくためのコードの組み立て方とか、絶妙ですよね。
KAN:ほんっとにいい曲ですよ、『SAY YES』も、『はじまりはいつも雨』も。
引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「KANと要のWabi Sabiナイト」2019.10.19


ASKA 1997
『SAY YES』が自分たちの楽曲のなかでずば抜けて優れた楽曲だとは思ってない

『SAY YES』が自分たちの楽曲のなかでずば抜けて優れた楽曲だとは思ってないし、ずっと書いてきたなかの1曲にすぎないから、『SAY YES』がたまたまラッキーなだけでね。やっぱりヒットしたことによってやりたいこともやれるようになったんだけど、より慎重にもなったね。 引用元 - (『TUG OF C&A別冊 ASKA ID号』1997年 P.31)


中田裕二さん/西寺郷太さん/(NONA REEVES)小松シゲルさん 2020.11

中田:あんだけたくさんヒットしたのに、めちゃくちゃコード進行とか、ま、歌詞もそうですけど、すごいオルタナティブというか、めちゃくちゃ独特なんですよね。SAY YESのコードって拾ったこと・・・?
西寺:学生の頃に、うちのギターの奥田が、まだバンド組んでない頃だったか組んだ頃だったかに、SAY YESのコード進行ヤバいとか言ってて。
中田:そうなんです。
西寺:あんまり俺、コード進行とかわかんないから、そうなん?とか言って。あれはヤバいとかなんか、奥田がエライ言ってて。
中田:ヤバいんですよ。あれちゃんと正解出来る人いないんじゃないですか?ちゃんと拾える人、いないと思います。
西寺:だけどそれがヒットしてると。
中田:大ヒットして、ちゃんと万人に届いたっていう・・・
西寺:いや~確かにな。
小松:あんまりないよね、そういうのって。
中田:ないですよね。大体コード進行が単純だったりするじゃないですか。決まってるじゃないですか。
小松:みんなが不安にならない感じのね、そういう方に行きがちだけど・・・
中田:そうそう
引用元 - 《Google Podcasts》『西寺郷太 GOTOWN Podcast Club#5 ジャンルレスのPORTAS(ドア)を開ける。~ Guest:中田裕二、小松シゲル(NONA REEVES)』


(ジャズギターリスト)多功誠さん 2020.6

売れ筋路線みたいなコード進行を全くしてないんですよね、謎の名曲ですけれども。(中略)この曲ですね、さっき言ったモーダルインターチェンジとかもちろん使ってるんですけども、僕が秀逸だと思うのはこのBメロで転調するっていうね。で、サビで戻ってくるんですよ。いわゆる2回転調してるんですけども2回目の転調はAメロと同じキーに戻ってくるんですよね。ただですよ、2回転調する、ただの一番だけで。っていうのは、いわゆる軽音楽でそんなにやらないですよ。(中略)楽曲が短い中でそんなに転調するっていうのは難しいんですよね。ただどこで転調してるか分かりますかね?この曲は明らかに次元がグニャって歪む瞬間があるので分かりやすいかもしれないですが(中略)「~まるで僕を試すよな♪」これがここの転調のきっかけなんですが、こんなことやってる人いないですよね、日本で。(中略)Bメロ後付けで転調させたんじゃないかな、そうだと仮定して話を進めますけども。「このまま二人で~♪」のところで戻していかなきゃいけないんですが、どうやって戻すかというと、ペダルポイントという技を使うんですよ。(中略)これは古典とかルネッサンス期とかバロック期の音楽ではドロンと呼ばれてるんですけど、通奏音ですね。(中略)その音でずっと踏みとどまってるとですね、どこかに行きたい緊張感が。(中略)これが動き出した瞬間に音楽がドーンと動いていくと。このペダルポイントを使って上手いことサビで元に戻ってくるんです 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「(新)タコーの音楽ダンディ」2020.6.23


ASKA 2021.4

Bメロで転調に入って・・・、転調、実は2回してるんですね。(中略)楽曲中に転調してサビで元のキーに戻してやろうというのがあったんです。自分の中では仕掛け仕掛けっていうか、なおかつ良い曲だなと言ってもらえるようにという中で、すごく練り上げた曲ですね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「Terminal Melody」#12 2021.4.25


BIG TREE

ASKA 2021.5

メロディの入りから仕掛けとなるよう、「5度」のコードから入りました。それまで作ってきた楽曲で、入り口を「5度」にしたのは、初めてでした。「2度マイナー」や、サブドミナントと言われる「4度」から入ることは、作曲の手法として、よく使われます。メロディの展開におきましては、ドミナントと呼ばれる「5度」は、メロディを解決させる(1度)ために向かうか、次のメロディ展開に向かう直前に使われることがほとんどです。そのような「5度」を、メロディのど頭に持ってくるとどうなるのだろう?もちろん、世の中にはそのような曲もあったでしょう。しかし、それほど多くの音楽を聴いて来なかった僕には、初めてのトライでした。あの頃は、僕にとっては、なんでもありでした。
「コードワークに決まりはない」
これ、当たり前のことですが、その「当たり前」が、更なる冒険心を駆り立てていたんですね。今も尚「冒険」は続いています。(中略)
「大きな海と 大きな空と 大きな旗と君だけのBIG TREE」
このメロディを形成するのは2つのコードの繰り返しです。繰り返しって、強いんです。僕は、ここにこの曲の全てを込めました
引用元 - ASKA-blog 2021.5.22


DO YA DO

(スカート)澤部渡さん 2016.4

変な部分とキャッチーさが同居してるという意味でわかりやすいのは、“DO YA DO”(90年)かな。もうAメロ、サビ、大サビという変な構成で、さらにそれぞれが違う調という、とんでもない曲なんです。それぞれのパートはシンプルにもかかわらず、そこに至る道筋が見えない。僕は音楽を長く聴く理由は〈謎〉の部分だと思っているんです。〈どうしてこれはこうなっているんだろう?〉という取っ掛かりがないと、ずっとは聴けないと思う。ASKAさんの曲はそれにまるっと当てはまったんですよ。歌詞も隠喩ばっかりみたいな世界だし、もう謎だらけなんです。そうしてハマっていくうちに、曲作りにも影響を受けたんですね。 引用元 - 《Mikiki》『世にも不思議なバンド、スカートの発展史・後編』 2016.4.20


(くるり)岸田繁さん 2021.4

(90年代)当時の日本で聴いてたポップスですげぇ影響受けたの誰かなーと思って、これやーと思って。ちょっとそれかけたいと思います。あのこれ、90年代と言っても、90年の作品です。僕ね、好きな曲いっぱいあるんですけど、自分が音楽を作ってる基本にあるなーっていう。つくり方って言うんですかね?それを感じるやつ。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「THE MUSIC OF NOTE くるりの心」2021.4.2


多功誠さん 2020.6

僕が勉強する中でびっくりした曲「DO YA DO」。話すと色々多くなっちゃうんですけど、この曲はサビで半音下に転調するっていう。さっきも言った通りサビっていうのは盛り上げたいところなんですけどね。盛り上げる為には半音上にガチャンと上げると勝手に盛り上がる、という手法が簡単なんですけど。(中略)何の予兆もなく突然転調する、ダイレクトモジュレーションとかいう言い方をするんですけど。(中略)ハープの音がドゥリリリリンと入ることによって境界線を曖昧にしてるんですよね。こういうところがねぇ上手いですよね。(中略)ガチャンとサビをそのまま上に上げるということをASKAはほとんどやらない。そこがまた魅力的なんですよね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「(新)タコーの音楽ダンディ」2020.6.2


ASKA 1990.10

大好きなエイトビートのパターンだね。特にサビで転調するところが気に入ってる。サビに入ると半音下がって、なんとも不思議な味を出してると思うんだ。音楽勉強してる人からは、「ずいぶん計算された転調ですね」って言われるけど、これが偶然できた転調でね。 引用元 - 《C&Aオフィシャルサイト》ライナーノーツ(1990年Music City 10月号)

野井洋児さん 2021.10

大サビ直前のサビが、Cメジャー・キーのドミナント(Dm7/G)で終わりますので、大サビに入った瞬間に、短6度上(長3度下)のAbメジャー・キーに転調することになりますが、、、この転調の仕方、何かの曲に似ているのではないでしょうか?そう、、、これは、ASKAさんソロの代表曲、「はじまりはいつも雨」の、2コーラス終了後の間奏への転調の仕方と、ほぼ同じなのです! どうりで名曲の香りがする筈です。ASKAさんは、この長3度単位で上下させる転調を、よく使われている気がしまして、他にも「モナリザの背中よりも」のBメロなどでも、長3度転調を使っています。ポップスではありそうであまりみかけない、ハッとする転調です。(中略)すごいなと思うのは、意識せずに聴いていると、このあと大サビからラストサビに戻る時も、また大きな転調をしているように錯覚するのですが、実は「構成音が違うスケールのキーへの転調」というのは、最初の4小節のみで、5小節目には既に元のキーに戻っていて、サビにいく際はAマイナー・キーから平行調のCメジャー・キーになっているだけなのです。これも転調といえば転調ですが。(中略)平行調の関係で、マイナー・キーと次のサビのメジャー・キーで、ここまで雰囲気をガラッと変えることができる、というのは、もうこれはセンスの塊と言っていいのかもしれません。 引用元 - 《ブログ》『CHAGE and ASKA の「PRIDE」はなぜ名曲なのか? その2』


WALK

ASKA 2020.3

僕は実はね、プリンスってよく分からなかったんだよ。なんとなく漂う雰囲気が自分とは違う人だなって。音楽自体も、なんていうんだろうな、攻撃的、ポップ、ロック、いろんなものを融合しているんだけど、自分のポップス感覚にフィットした曲がそもそもなかったんだよ。そんなときに“パープル・レイン”が出てきて、やっぱりもうド頭で掴まれたよね(中略)“パープル・レイン”の頭ってコードはナインスから始まるでしょ? それを“WALK”で使ったんだよね。 引用元 - 《Mikiki》『ASKA『Breath of Bless』CHAGE and ASKAからプリンス、U2、ポール・マッカートニー、光GENJIまで――西寺郷太が訊くASKAのこれまでと、その先にある新作の魅力』2020.3.20


黄昏を待たずに

(作曲家)野井洋児さん 2021.4

ASKAさん独特のもので僕がすごいと思っているのが、「どこでキーが変わったのか分からないように、二つのキーで解釈できるような転調」なのです!(中略)補足しますと、この「どちらのキーでも通じるようなメロディ、コード進行」自体は、意外と普通にあるのです。ですが、通常は、例えばサビでガラッと転調する直前のように「次のセクションに入る手前の区切りの良い場所」で、ほんの一瞬、メロディも1音符だけだったり、コードも1、2種類くらいで使われることが多いのです。(中略)僕がASKAさんですごいと思っている手法は、「次のセクションに移る手前」ではなく、「新しいセクションの冒頭部分」や「同じセクション内の途中部分」で使われることが多く、しかも、一瞬ではなく、比較的長いメロディ、コード進行の中で使われることが多いのです。?これが、「聴いていると心地良いんだけれど、いざコードを拾おうと思うと、全く分からない」状態に陥る要因だと思います。
 (中略)
◎ 黄昏を待たずに
※Cメジャー・キーからGメジャー・キーに転調(原キー:G♭からD♭に転調)
せつない|ムードの|中で|~|
F♯m7(♭5)|B7|Em|Em|
引用元 - 《note》(対談)『エッシャー? ルビン? 感覚を弄ぶ、ASKAの転調。 《プロのオフトーク #5》』


モーニング・ムーン

野井洋児さん 2019.12

C&Aさんの、コード進行、転調の秘密が、(数あるうちのほんの)ちょっとだけ分かりました。どちらのキーにも聴こえるように、どこから変わったのか分からないように、転調することによって、浮遊感を出している、そしてそこに、全く違和感のない、キャッチーで深みのあるメロディを乗せている、ということなのかな、と思いました。 引用元 - 《ブログ》『作曲家から見た、CHAGE & ASKA その3 ~独自のコード進行、浮遊感のある転調~』

澤近泰輔さん 2021/08

何が一番素敵かなと思うときに、やっぱいつも顔出してくるのがこのifっていう曲で、分析してもとっても奥深いというか、ミュージシャンごころをくすぐるところもいっぱいあって、語らせていただくんだったらこの曲かなと思って。(中略)♪(Aメロ・・・)、こう続いていくんですけれどね、全体を通して言えるのはね、僕、音編曲家なので、主に作曲編曲の方のこと申しますけれど、全体に調というのが、調整をまたぐというか、他の調が見え隠れしながら、そうするとちょっと何て言うんでしょうか、かきたてられるというか、不安とか、非日常というか何て言うんでしょうね、ちょっと違和感というか引っかかりが。
引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「Terminal Melody #29|澤近泰輔ゲスト①」2021.08.22


野いちごがゆれるように

澤部渡さん 2020.11

変ないい曲なんですよ。パディ・マクアルーン的なひねくれた和声感もあるし。でもASKAさん特有の人間力・・・。人間力=メロディ力だと思うんですよね。なんかそういうのがあってね、大好きな曲なんです。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「NICE POP RADIO」2020.11.27


ある晴れた金曜日の朝 / はるかな国から

野井洋児さん 2021.4

「ドミナント」に、GメジャーやG7 以外のコードを使う例としては、一般的に、F/Gというコードが挙げられます。(中略)これ以外に、通常はドミナントには入れないのですが、例えばGm(5度マイナー) を使ったら、どうでしょうか? ?(中略)このGmが、ASKAさんの楽曲では、隠し味のように、しかしかなり効果的に使われていることが多いのです。
 (中略)
◎ ある晴れた金曜日の朝(原キー:Dメジャー)
なんだか|街はパレード|大騒ぎ|~|
C|Gm| A|Dm7|
 (中略)
◎ はるかな国から(原キー:Cメジャー)
愛という不|透明な|命のせ|~んの中を|
C|Gm|Am|E7/G♯|
 (中略)
あるスケール上で動いているコード進行の中に、別のスケールのコードを瞬間的に入れてくる技法を「モーダル ・インターチェンジ」というのですが、(中略)このGmの使い方を見ても、やはりASKAさんの曲は、明るいとか暗いという、一つの色に染まらない、複雑な個性を持つ曲になることが多いと、僕は思うのです。
引用元 - 《note》(対談)『エッシャー? ルビン? 感覚を弄ぶ、ASKAの転調。 《プロのオフトーク #5》』


百花繚乱

ASKA 2020.3

僕の楽曲はコードが複雑だってよくいわれます。しかし、循環コードの強さを知っています。普段、僕はあまり循環コードを用いて曲を作りませんが、この曲では、それを全面的に出した楽曲を作ってみようかなと思って書いた曲なんですよね。だから、Aメロのコードとサビのコード進行は同じです。たまにはいいものですね。 引用元 - 《BARKS》ASKAインタビュー 2020.3.20


2.クラシック的なコード進行高い芸術性

澤部渡さん 2014.12

僕がCHAGE and ASKAを好きになった時に最初に考えたことが、果たしてあの時代にCHAGE and ASKAを理解していた人がどれくらいいたのか、という部分なんですよ。あれほど高い芸術性を持つ楽曲を書きながら大ヒットもしている。でも果たして楽曲に向き合ってた人って、どれくらいいたんだろうと思って。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「マキタスポーツラジオはたらくおじさん(チャゲアス再評価特集)」2014.12.13


野井洋児さん 2020.12

ASKAさんは、正統派でありながら、奇想天外なことを平気で入れてくる。でもイロモノでは決してなく、間違いなく正統派な音楽スタイル……。 引用元 - 《note》(対談)『音楽家は思う、ASKAのメロディはこうやってできている。 《プロのオフトーク #3》』2020.12.22


野井洋児さん 2021.2

サブドミナント・マイナー自体は、僕も含め、普通にいろんなミュージシャンが多用していますが、ASKAさんほど独特な響きを出しているアーティストは本当に少ないというか、それくらい、ASKAサウンドを構成している重要な要素になっていると思います。(中略)実はサブドミナント・マイナーという機能のコードは、メジャー・キーの曲の中に、瞬間的に短調(マイナー・スケール)で使用するコードを、その部分だけ引っ張り出してきたようなものなのです。(中略)そしてもう一つ、(中略)ルート音がソ~ファ#~ファ、と半音階ずつ下降していく時の、ファ#(増4度)のコードの美しい響かせ方に、僕はASKAさんのセンスを感じたりします。(中略)「SAY YES」「はじまりはいつも雨」が発表された頃の曲は特に、このタイプのコード進行が使われている曲が多く感じます。(中略)「幸せの中にある不安」「悲しみの中にある希望」が、ASKAサウンドの源ではないでしょうか。 引用元 - 《note》(対談)『幸せと不安の間 ~ASKAの魔法のコード進行~ 《プロのオフトーク #4》』2021.2.12


ASKA 1989.7
(子供時代)クラシックがかかると震えてどうしていいか分からなくなるくらい好きだった
 

特に「自由」「不思議の国」「O Domine」の3作品は教会音楽のように透明感のある荘厳さに包まれ、シンプルなのにメロディアスであり、クラシックの音楽家に彼があたかも転向したかとさえ思わせた。(中略)
飛鳥 僕、ゴスペルって大好きなんだよ。教会色の強い曲ってすごい好きでね。アレンジでも僕がやるとクラシックになっちゃったり、教会っぽくなるんだけど、何でだろうな。
子供の頃から音楽の時間が楽しみで、月1回音楽鑑賞の時間があって、クラシックがかかると震えてどうしていいか分からなくなるくらい好きだった。特に弦が好きで、重低音でグーッと盛り上がってくるともうたまんなかった。
だから自分でアレンジしたり、家で遊びで曲作ったりすると、
クラシック的なコード進行になるね。
ーー「O Domine」はパイプオルガンを使った、まさに教会音楽なのだが。
飛鳥 あの頃ギターで曲書いてたのに珍しいよね。ギターのコード進行じゃない。「ブラザー・サン・シスター・ムーン」ていう映画のサウンドトラックで歌われる歌があって、ある日喫茶店の有線で聞いて、なんてたまらなくすてきなメロディーなんだろうと思ってね。その曲を探したんだけど見つからなくて、またある日喫茶店に入ったらその曲がかかってた。何か縁があるんだなと思ってね。なかなかそのメロディーが頭から離れない。レコード店をあちこち探しても見つからなかったんだから、じゃあ、このメロディーラインをべースにした僕の曲を作ってやろうと。それで出来たのが「O Domine」だった。
引用元 - (『PRIDE CHAGE&ASUKA 10年の複雑 Ⅰ 』1989.7 八曜社 P.203-205)


デビューまでの音楽経験

(幼児期)「おかあさんといっしょ」 

NHK教育(現Eテレ)の「おかあさんといっしょ」。僕はいつも楽しみにしていました。(中略)坂本九さんも大好きでした。 引用元 - 《音楽ナタリー》「アーティストの音楽履歴書 第6回 ASKAのルーツをたどる」2019.8.22

(幼稚園時代)オルガン教室 

――飛鳥のお父さんも、チャゲのところのように音楽を昔やってたというようなことはなかったんだろうか。
飛鳥 うちの親父はもう本当に剣道しか知らない人間だから。僕もその血を引いて運動がすごく好きで、一時期は体育の先生になろうと思ってたくらい。
 でも、子供の頃からウクレレ持って親戚の前で歌いまくって、お金とかもらってたな(笑)。自分で言うのも変だけど、歌は小学生の頃すごくうまかった。音程をはずすという意味が分からなかったくらいだから。何か楽器でメロディーを弾いてもらえばすぐに声を出して音階を取れるくらい音感はよかったね。(中略)幼稚園の時にオルガン教室に通っていたから、それがすごくよかったのかなと思うけどね。通わせてくれたおふくろに今すごく感謝してる。
引用元 - (『PRIDE CHAGE&ASUKA 10年の複雑 Ⅰ 』1989.7 八曜社 P.32-34)

(小学校時代)歌謡曲 

音楽においては両親の影響はないな。親父は剣道ばっかりだし、おふくろも歌をうたってたわけじゃないし。テレビから自然と影響を受けてたんだろうね。うちはテレビが入ったのがすごく早かったんだよ。生まれたときにはすでにあったからね。
(中略)歌謡曲はものすごく詳しかった。小学校の高学年の頃には『明星』『平凡』の歌本をすみずみまで歌えたし、知らない歌はなかったからさあ。(中略)ほとんどの曲は知ってたんだけど、とくに好きだったのは加山雄三さん。(中略)あと好きだったのはタイガース。タイガースのジュリーは熱狂した。あとテンプターズのショーケン。(中略)ピンキーとキラーズは(中略)別の次元で好きだった。
引用元 - (『TUG of C&A 別冊 ASKA ID号』1997 P.23)

小学4年生くらいだったと思いますが、ザ・タイガースをはじめとしたGSが本当に好きでした。僕より年上の人たちはみんな熱狂していたんですが、そういう大人の世代と一緒のものが好きというのが子供心にうれしかったですね。 引用元 - 《音楽ナタリー》「アーティストの音楽履歴書 第6回 ASKAのルーツをたどる」2019.8.22

(中学校時代~高校2年:北海道)洋楽、アイドル 

浅丘めぐみとか南沙織のアイドル全盛期で、よく聞いていたんだ。(中略)中学3年生くらいになったら北海道STV放送の『ハイ!ダイヤルリクエストです』っていう番組があって、洋楽をかける番組だったんだけど、まったく洋楽には興味がなくてね。でもまわりは洋楽聞いてる奴ばっかりで、話についていけないんだなこれが。だから仕方なく聞こうと思って聞いていたら、意外にもメロディ―のいい曲ばっかり流れるわけよ。(中略)70年代のいい曲、いいメロディ―がちらばりまくっててね。今でもちゃんと覚えてるし。一時期はずっと聞いてたね。(中略)その後はアグネス・チャンが好きでね。アグネス・チャンのアルバムってすごくいい曲が入っていたんだよ。(中略)アグネスのアルバムで洋楽を知ったね。 引用元 - (『TUG of C&A 別冊 ASKA ID号』1997 P.23,24)

(高校3年~大学時代)映画音楽、井上陽水 

高校3年で初めてコンポを買ってもらったんです。レコードがなくて、親父が「映画音楽大全集」を買ってきて、いつもそれを聴いてた。映画音楽っていいですよね。自分で映画音楽を揃えて聴いてました。
そのうち友達が遊びに来て、「こんなの聴くなよ、お前」って聴かされたのが陽水の『氷の世界』。1回目は面白くなかったんですけど、夜に聴き直したら、胸をかきたくなるくらい体がどうしようもなくなってきて、井上陽水ってすごいと思って、それからアルバムを集めだした。陽水と映画音楽がしばらく続いて、その後、サイモン&ガーファンクルカーペンターズ。よかったですよねぇ。
音楽部に入ったのは大学2年の時ですね。陽水さんに憧れてコピーを始めて、秋の学園祭には自分のオリジナルを作ったんです。
引用元 - (『月刊カドカワ』1992年6月号)

―これまでいろいろなミュージシャンにインタビューしてきましたけど、ASKAさん世代の方だとビートルズ、ローリング・ストーンズ、カーペンターズ、ギター好きだったらクラプトン、ジェフベック、ジミー・ペイジとかのコピーから入った方がほとんどです。
ASKA:今述べられた中で聴いていたのはカーペンターズぐらい(笑)。誰も知らない中で、曲を作り始めた。聴いていたと言えば、大好きだった映画音楽です。今でも『映画音楽大全集』というレコードは捨てられなくて持っています。当時はそれをずっと聴いていましたね。それこそポール・モーリアさんが大好きで。だからメロディには敏感だったんだと思うんです。
引用元 - 《Rolling Stone》ASKAインタビュー 2019.4.17

音楽を志したきっかけは井上陽水さんだったんだけど、それからしばらく映画のサウンドトラックを聴いている時期があった。ミシェル・ルグランの『シェルブールの雨傘』だとかラロ・シフリンの『燃えよドラゴン』だとか、たくさん好きで聴いていました。映画音楽ってオーケストラやクラシックをルーツにしている楽曲が多いですよね。 引用元 - 《ONTOMO》「ASKA、クラシックへの深い愛とリスペクトを語る」2022.10.18


3.コード進行とメロディ本人評価

ASKA 2017.10
作曲には「ツボ」がある

作曲をする上で、欠かせないのは「ツボ」です。作り慣れている人の曲には、これが必ずあります。 引用元 - ASKA-blog 2017.10.07

ASKA 2019.9
自分では「メロディメーカー」だと思っている

僕は、自分で言うと恥ずかしくなるくらいの言葉ですが、自分では「メロディメーカー」だと、思っているんです。もちろん「歌詞」も書きます。しかし、メロディへの執着、そして決着への拘りは大きい。 引用元 - ASKA-blog 2019.9.12

ASKA 2018.4、2018.9、2021.4
フィーリング+練りに練って

作曲には、フィーリングで書く人と、練りに練って計算して書く人がいます。僕は、二つをミックスさせたような曲作りかな。 引用元 - ASKA-blog 2018.4.17

僕はキーボードで曲を作るようになって、ASKAのコード進行は難解だって言われてきたし、それは確かに自分でも認めているんです。狙っているところもあるので。 引用元 - 《Fender》ASKAインタビュー 2018.9.5

楽曲ってよく、煮詰めるよりもさらっと作った方が良い曲できるんだよねっていうような言葉もありますけど、いや、そういう時もあります。でもやっぱり楽曲って、徹底的に煮詰めて煮詰めて細いところまで痒いところまで手が届くような作業が僕は楽曲作りだと思ってますね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「Terminal Melody」#12 2021.4.25


野井洋児さん 2020.12

チャゲアスの楽曲は「オーソドックス」と評されるスタイルであっても、決して単調で平凡なものではなく、メロディもコード進行も、非常に基本に忠実でありながら、一切の手抜きがありません。たとえば、コードがドミナントになる箇所も、Cメジャーでいうと、G7にしている箇所と、G7sus4 や F/G にしているところをしっかり使い分けたり、またコード進行の流れの中で、Am に行く時と A7 に行く時を使い分けたり……。また、サビに入る直前と、サビの終わり方がやや似ている時に、その部分のメロディの展開をほんの少し変えることで、自然に聴こえるようにしたり……などとすごく細かくて、一聴するとどちらでもいいように思うけれど、そこを変えるだけでかなり印象が変わるような箇所を、少しでも良い曲に聴こえるようにするために、細部までしっかり作り込んでいる印象を受けます。 引用元 - 《note》(対談)『音楽家は、チャゲアスのここがスゴいと感じてしまう。《プロのオフトーク #2》』2020.7.14


野井洋児さん 2020.3

メロディメーカーとして、とても高く評価されているASKAさんですが、その特徴として、コード進行がかなりトリッキーな時でも、メロディだけを見ると、基本的にはひじょうに簡潔で、なるべく隣り合った音程を組み合わせていて、無駄な動きが少ない(必要な動きだけで構成されている)、そして、しっかりと休符を取っていて、一つ一つのフレーズのプロポーションが美しい、というところがあると思います。例えば、「太陽と埃の中で」は、サビのメロディが、ハ長調でいえば、ド、レ、ミの、たった3音で、構成されていますが、それでも素晴らしい名曲にしてしまうのです。 引用元 - 《ブログ》『ASKA「Breath of Bless」』2020.3.31


太陽と埃の中で

多功誠さん 2020.6

サビの、小学生ですら口ずさんでしまうようなキラーメロディ。メロディメーカーとして素晴らしいですね。(中略)(サビ後、サビと)同じコード進行で英語(♪Day and night time~)入れてくるんですよ。コード進行は変わらないんですけど、上に乗っけるメロディだけ変えるというね。そして重ねる。この2つを重ねる。(中略)(ここで転調しても)良い気がするんですけどそうせずに、もう1回サビ来てからの、別メロディ差し込んでからの、最後重ねるというね。(中略)素晴らしすぎる。でね、同じようなアイデアを「YAH YAH YAH」でもやってるんですよね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「(新)タコーの音楽ダンディ」2020.6.2


僕はこの瞳で嘘をつく

野井洋児さん 2020.12

メロディに対する、コード進行や歌詞が絶妙だからこそ、たった一つの音程でも、リスナーにはとても際立って聴こえるのですね。 引用元 - 《note》(対談)『音楽家は思う、ASKAのメロディはこうやってできている。 《プロのオフトーク #3》』2020.12.22

多田慎也さん 2022.10

ASKAさんのまずソングライティングについて話させてもらいたいんですけど。そこ行く?っていう、えっ?っていうことを必ず起こすんですよ。(中略)「僕はこの瞳で嘘をつく」という曲があるんですけど、あのサビ、全部同じ音なんですよ。(中略)しゃくったりはしてるんですけど。サビでおんなじ音連打って選べないんですよ、怖くて。少し動かないとヤバいみたいな。そこがね、ソングライターとしての、やっちゃいなよ、というところなんでしょうね。(中略)強烈なフックがあるんですよね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「多田慎也 project Apple Pop」 2022.10.15」2022.10.15


YAH YAH YAH

土屋礼央さん 2019.3

僕だったら、"♪今からこいつを~”のあんなカッコいいメロんとこをもっと多用しますよ。で、このオチサビの後、行かないですよ、そこに。贅沢。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「土屋礼央 レオなるど」2019.3.6


音楽的ルーツ

①歌謡曲 

ASKA 1997、2012.11、2018.12

――それまで作曲の経験は?
子供の頃、鼻歌でありもしない歌を歌っていたことはありました。小学生のときに加山雄三さんが好きで、何でこんなにいい曲なんだろうと思っていたんです。今思うと、経過音を使ったメロディ―や転調が素敵だと思っていたみたいです。でも子供心にそれは分析できなかったので、"半音階メロディー"と勝手に名前を付けていました。ギターを弾くようになって、そう言えば子供の頃にそう思っていたなって、曲作りで実践し始めました。
引用元 - 《amazon》『GO! GO! GUITAR』2018年12月号 P.17

自分で曲を作ろうと思ったきっかけは、高2のときに北海道から九州に戻ってから。まだ歌謡曲通は相変わらずだったんだけど、高3になったときに、剣道の部活をやめちゃってね。(中略)歌謡曲ばかり聞いてないでこれ聞けよって貸してくれたのが『氷の世界』だったのね。(中略)それでそのうちギター持って歌ってみたいと思ってね。井上陽水コピーしだして。やりだしたら徹底的だからさあ、3、4か月たったら自分で曲を作りはじめてたよ。陽水さんみたいな曲を書きたいとかって思って。子供の頃に加山雄三さん聞いてたでしょ。加山雄三さんの曲って子供心に「半音階メロディーをたくさん使えばいい曲ができるんだ」って思ってた記憶を思い出して、高3のときにそれをやりだした。 引用元 - (『TUG of C&A 別冊 ASKA ID号』1997 P.24-25)

コードを3つくらいしか知らない時に、もう曲を作ってましたから。僕、ギターをコピーするっていう経験がないんですよ。普通はギターが上手くなりたいから、コピーしたりするところを、僕はコードを3つ覚えたらその3つで曲を作って、4つ覚えたら4つで曲を作ってたんです。 引用元 - 《amazon》『RollingStone 日本版』2012年11月号


②映画音楽 

ASKA 2018.6

僕には影響されたミュージシャンがいないんです。強いて挙げれば井上陽水さんを聴いてフォーク・ソングを知ることになったという程度で、洋楽はほとんど聴きませんでした。ただ、映画音楽が好きで、周りがみんなフォークやロックを聴いている時代に、僕は『映画大全集』を買って、メロディがすごくいいサントラばかりを聴いていたんです。メロディの流れ方や転調感覚、経過音を使ったりしていくところなどは映画音楽の影響なんでしょうね。 引用元 - 《e-onkyo music》ASKAインタビュー 2018.6.12


③洋楽

■ビートルズ

ASKA 2017.10

これだけみんなが言ってるビートルズをちゃんと聴いてみようと思ったのは、本格的に曲を作るようになった4年目くらいですね。(中略)言葉にすると難しいんですけど、僕なりに聴感、体感したビートルズっぽいフレーズがちょこちょこ出始めるんです。そうすると周りの反応が違う。気持ちよがってくれる。どこに反応してるんだろうと思って分析に入るんです。専門的に言うとコードとメロディの絡み方。フレーズの入り口と出口、特に出口に独特な特徴がありますね。(中略)ともかく気持ち良いんですね。しかも斬新なことをやってる。もし、計算でやってたとしたらすごいものですよね。(中略)(ビートルズ)ぽいフレーズというのはありますけど、何の曲に影響されて、というのは、僕の中にはないでしょう。 引用元 - 《amazon》「ビートルズが教えてくれた」田家 秀樹著 2017.10.5


松崎真人さん 2019.12

「Milk And Honey」とか「Double Fantasy」の頃のジョン・レノンの雰囲気をこの曲(「めぐり逢い」)聴くと感じるんですけど、それをちゃんとCHAGE and ASKAのものにするところが凄いんですよ、料理の仕方が。換骨奪胎というかですね。で、ASKAさんは本当はビートルズにも詳しいと思うなと改めて思いましたね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「MUSIC★J」2019.12.20


■スティーヴィー・ワンダー

ASKA 2020.10

曲を書いている人でスティーヴィーを通過してない人って果たしてどれだけいるだろうっていうくらい教科書になる人で、コード展開の、ナチュラルでありそのすさまじさっていうかさ、メロディを絶対壊さないコード展開であったりとか、そこにすごく魅せられて。自分の音楽が元々ポップスを聴いてきたんだから、---フォーク演歌と呼ばれるところに自分たちから入ってしまって、すごい狭い世界で、元々ないもので目立ってしまったから---、だから早く元々の状態に戻しておかないとやがて音楽業界の中で活動できなくなってしまうと思いながら、少しずつシフトチェンジしていったのね。それをやり始めたのが『INSIDE』(1984年)ってアルバムなのね。その頃ちょうど、ギターとピアノと少しずつ混じりながら曲を作りはじめた時で、その中に「シナリオ」って曲があって。それはもうもろスティーヴィー・ワンダーに影響を受けた曲なのね。このころスティーヴィー・ワンダー、ベースの使い方が独特でシンセベースを使ってた。手放しで当時は洋楽に憧れていた時代だったからエッセンスとしてはどんどん取り入れようってことで、シンセベースを使ってスティーヴィー・ワンダーぽく作ってみたいと思って作ったのが「シナリオ」ですね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「9の音粋」2020.10.06


④ガラパゴス的進化

ASKA 2012.11

僕はバックボーンになる音楽の歴史がないんです。だいたいミュージシャンの作品を聴くと、誰を聴いてきたかわかりますよね。僕にはそれがない。あえて言うなら、デイヴィッド・フォスター。自分がプロになってから、あの人の存在ほどショックなことはなかったです。それくらいです。 引用元 - 《amazon》『Rolling Stone 日本版』2012年11月号

ASKA 2022.10

自分で作曲を始めるようになってから、僕はデイヴィッド・フォスターにとても影響を受けたんだけど、彼の音楽を聴いていたときと同じころだったかな、『ある日どこかで』っていう映画を通してラフマニノフに夢中になった。劇中で流れる曲がどれもとにかくすばらしい。きっと、子どものころからそうしたエッセンスをいろいろ取り込んで、いまの自分の音楽はあると思う。自分はかなりコード進行に気を付けてこだわるほうですが、そうした感覚にもきっと影響を与えているんじゃないかな。 引用元 - 《ONTOMO》「ASKA、クラシックへの深い愛とリスペクトを語る」2022.10.18


澤部渡さん 2016.4

コード進行とメロディーの関係が非常にガラパゴス的というか、デヴィッド・フォスター経由で訳のわからないものになるという感じがあって、それがすごくおもしろかったんですよね。〈うわ! ここでこんな転調するのかよ〉みたいな。それで一気に夢中になった 引用元 - 《Mikiki》『世にも不思議なバンド、スカートの発展史・後編』 2016.4.20


4.ASKAワールドの確立音楽性の確立

Chageさん 2010.4
「はじまりはいつも雨」について

ASKAワールドがこの辺で確立されてきた。メロディーといい詞の世界観といい、言葉と音符が一緒になる。合流するコラボする。なんか日本人のこの琴線に触れるようなメロディライン。言葉、詞の世界がASKAワールドを炸裂している。 引用元 - 《文字起こし》ラジオ番組「Chageの音道」#1 2010.04


根本要さん 2018.10
ASKAのソングライティングが急に変わった

あまりにも、そのあの90年代ぐらいからASKAが変わったんだよ、俺が知ってるASKAじゃないっていうか、こいつはこんなに音楽的に長けてたはずじゃなーい、というのがね。(中略)ところがやっぱりさ、どんどん、なんだこれ、聴いたことないぞこんな音楽、って風に変わっていったわけ。俺はそれも知りたかったからね、あの「デェラ・シエラ・ム」を一緒に作ろうということでスタジオに入った。もうね、切れ味すごかったね。 引用元 - 《文字起こし》ラジオ「Nack de Lock」2018.10


根本要さん/ASKA

根本:ASKAのソングライティングが急に変わった瞬間があるような気がしたんだよ。たまたまメガヒットという言葉になってしまったからかも知れないんだけど、その前くらいから作風が神がかり的になってきた瞬間があった気がしたんだけど。俺はねそういうのをね、感じた事が自分の中で無いわけよ。だからなんかあるのかなって。聞きたいじゃんか。ASKA:言われて気持ちいいけどさ、そんなもん。有難いけどさ。そういうの意識してないのよ。ただ、(中略/補足:ギターで作曲していても)分数コードの分母が良く分からない。そういう響きの中ではね、自分の中でメロディが生産されないのよ。それでピアノに変えて。ピアノも全然弾けなかったんだけど、とりあえずキーボードに変えながら、それと初めて影響されたのは・・・、おれ、ミュージシャンに影響されたってのはなかった、それまで。もちろん陽水さん聴いてこの人みたいな歌、歌いたいなということで始めたんですけどね、でもそれ以外、みんなミュージシャン、誰々ですか?というと、みんな洋楽の名前言うわけ。ビートルズとか。色んな知らない人の名前言って、おれに知らないうちにプレッシャーかけてくるわけよ。洋楽も知らなかったの。色んな雑誌インタビューでもみんなそういう風に言ってるでしょ。洋楽に嵌り込んだというのはなくて。たまたま、このデビット・フォスターという人にだけはびっくりするくらい嵌り込んで。あの人のイメージを自分の中で浮かべながら、自分が歌えるニュアンスのものというのを作り上げていく。どうしても歌い癖があるから絶対同じモノにはならないのね。そのイメージを持っていったら、そうなると色んなアイデアが湧いてくる・・・きた時のことを言っているんじゃないかと思うんだけど。初めて自分が作りたいもののエッジが見えてきた時かもしれない。(中略)あの時思ったのは、音楽って強弱なんだなって。今更よ。その頃に。(大きく)ダダダン(小さく)チャンチャンチャン・・強弱のバリエーションでこんなに変わるんだなっていうのはね、常日頃ずっと気にして作っていた時期のことなんだね、きっとね。 引用元 - ---


ASKA 2018.12、2019.1、2019.4
僕の音楽を変えた人。「デビッド・フォスター」

デビッド・フォスターの音楽に出会って、始めて書いた曲が「LOVE SONG」です。いろんな人たちから、「一体、何があった?」と、言われた曲です。僕の音楽を変えた人。「デビッド・フォスター」 引用元 - ASKA-blog 2018.12.01

──ASKAさん以前から「自分にはルーツがない」と仰ってますよね。
そうなんです。ただ、デイヴィッド・フォスターだけは別ですね。彼の音楽によって、自分がやってきたことを根こそぎ変えられるのほどの影響を受けたので。デイヴィッド・フォスターの音楽はアカデミックなものから、ポップス、ロック、映画のサントラまで多岐に渡っていて、すべてが素晴らしい。彼のメロディ、コード進行、サウンドの響き方にはずっと憧れています。
引用元 - 《diskgarage》ASKAインタビュー 2019.1.30

―具体的にはデイヴィッド・フォスターからどんな影響を受けたんですか?
ASKA:音楽的な話をすると1度から4度っていうサビの進行があるですが、デイヴィッド・フォスターは、1度、4度を多用する人なんです。その技法はとっても基本的なことなんだけど、その基本的なことを気持ちよく聴かせる手法を持っている人なんです。当たり前なことをしてるのに、なんでこんなに気持ちいいんだろうって思っていて。彼に影響されて初めて書いたのが「LOVE SONG」。それから「MY Mr. LONELY HEART」という曲はもろシカゴだしね。それから「はじまりもいつも雨」もデイヴィッド・フォスターに影響されています。そして、その頃から、自分の楽曲がどんどん変わっていって。今でこそ「転調と言えばASKA」と語ってくれるミュージシャンがいたりもしますが、その転調もデイヴィッド・フォスターの影響です。(中略)彼の音楽には、自分を変えるヒントが散らばっているんだと。ミュージシャンとかプロデューサーにこんなに刺激を受けて崇拝することは生まれて初めてでした。もちろんビートルズは、この上なく素晴らしい。でも、僕が初めて衝撃を受けたのはデイヴィッド・フォスターでした。それからは楽曲の作り方が全面的に変わったし、一斉に世間が注目し始めてくれました。
引用元 - 《Rolling Stone》ASKAインタビュー 2019.4.17


ASKA 2010.2
(1989年 半年間ロンドン渡航について)自分の作る音楽と向き合う毎日だった

ライブに行ったり地元の音楽に触れたり音楽漬けの毎日でした。僕はこの機会に自分の作る音楽と向き合い毎日曲を作り続けました。
「ASKAの音楽って、どこかこう来てここに行くのってあれ独特だよねと言われることが多かった、良く分かんなかったですよね、それが何なのかは」
「個性と癖って紙一重ですよね、個性は受け入れられるけど癖は否定されるじゃないですか、そこは凄く見極めとかなきゃ駄目だなと思って自分で自分の作り方っていうのを、どこからどこでどういう気持ちになっているんだろうっていうのをずっとやってましたね。その半年は大きかったと思いますよ、僕にはね」
引用元 - 《NHK》「SONGS」第123回 2010.2


野井洋児さん 2020.12

一般的に、4度(ヨ)と7度(ナ)の比率が少なくなれば和風に近づき、逆に増えれば、洋楽的な雰囲気が強くなっていきます。ASKAさんはメロディを作る際、コード進行や、楽曲の完成予想図を測りながら、この比率を調節しているというか、その時その時で、ニーズだったり、一番気持ち良い楽曲にしようと作った結果、自然にそうなっていってるんじゃないか、と思います。なので時代や楽曲にもよりますが、ASKAさんの楽曲は、ある人にはオリエンタルなメロディに聴こえ、ある人には、洋楽アーティストがカバーしても全く違和感のない、世界的に普遍的なメロディに聴こえるのだと思います。 引用元 - 《note》(対談)『音楽家は思う、ASKAのメロディはこうやってできている。 《プロのオフトーク #3》』2020.12.22


①ポップス

ASKA 2019.4
ポップスは分かりやすくて大衆的であるということ

井上大輔さん(2000年5月逝去。享年58歳)との出会いも大きかったですね。(中略)大輔さんと会って、ポップスとは何かを教わって、それを意識して書いた曲が「恋人はワイン色」です。(中略)ポップスは分かりやすくて大衆的であるということ。それに尽きると思う。だから、ポップスが別に素晴らしいわけじゃなくて、ポップスといううつろいゆく世界の中で音楽を続けられることが素晴らしいことだと思っていますね。なので、大衆的だし流行りものだから消えては現れ消えては現れするのがポップスなんだけど、そこでちゃんと残っていくには残るだけのことをしなきゃいけないんだとは思っています。 引用元 - 《Rolling Stone》ASKAインタビュー 2019.4.17


松崎真人さん 2020.2

この時点でASKAさんのメロディセンスがすごいポップな方向で炸裂して、きらきらと光っておりますね。(中略)8分音符で「♪I don't foget you. Missing you 」これが入らないとわりと全体がスローな、ゆったりした曲になるんですけど、ここで8分音符で英語のフレーズが入ることで、サビに行く前にきゅっと締まってサビで解放される気持ち良さがございますですね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「MUSIC★J」2020.2.20

西寺郷太さん 2020.5

ASKAさんの選ばれた言葉とメロディのこの感性がかなり洋楽的と言いますか、グローバルな音楽に聴こえるんですよね。(中略)ASKAさんの楽曲は聴きとりやすい日本語であっても洋楽的に響くんですよね。 引用元 - 《音楽ナタリー》『西寺郷太のPOP FOCUS 第5回 CHAGE and ASKA「恋人はワイン色」』2020.5.12


②ハーモニー

Chageさん 2019.8
「恋人はワイン色」(1988年)について

わたくしのCHAGEのパート、ハモりのパート、まあ・・難しかったっちゅうか、楽しかったっちゅうかね。凄いなと、音の積み方が。勉強になりましたよ。ほんとに。特にサビのところなんか凄いんですよ。音がぶつかったりしますからね。それがまた良かったりするわけです。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「Chageの音道」#491 2019.8.25


(SCREEN mode)太田雅友さん 2019.6

チャゲアスはやっぱり二人組なんで、CHAGEさんのパートもちゃんとキレイなメロディになるように作られているんですよね。普通の歌メロに上にのっけてくだけだと結構トリッキーなフレーズになったりする場合があるでしょ、でもこれはCHAGEさんもちゃんと歌えるように、どっちも成立するようになっているんですよね、チャゲアスの場合はね。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「A&Gリクエストアワー 阿澄佳奈のキミまち!」2019.6.29


③バリエーション

ASKA 2017.11
持ち味はバリエーション

僕は、自分の持ち味はバリエーションだと思ってるので。何かひとつの色を求めてアルバムを作っていくタイプじゃないんですよ。そういう楽曲作りはできないみたいですね。 引用元 - 《amazon》『音楽と人』2017年12月号


ASKA 2021.2
ロック(松本晃彦との出会い)

(1998年の「花は咲いたか」は、)プロデューサーの松本晃彦との出会いにより、ロック色が濃くなった時に生まれた曲です。松本は、僕の周りのミュージシャンの中でも、いち早く、ワールドワイドに目覚め、当時、楽曲を書く前に、たくさんの洋楽を聴かせてくれました。「打ち合わせ」として、丸一日、スタジオで松本お勧めの洋楽を聴くだけの日が何日もありました。
「ASKAさんのロックはこれだよ」
確かに、聴かせてくれたどの曲も本当にカッコいいと思った。音楽の指向性が同じだったんですね。カッコ良いもの、気持ちの良いものが、同じ波長で感じあえた。
引用元 - ASKA-blog 2021.2.22


ASKA 2016.7
ジャズ(エラ・フィッツジェラルド)

Ella Fitzgeraldを、聴いています。ジャズシンガーです。デビュー5年を過ぎた辺りで、このシンガーと巡り会いました。クーラーの効いた真夏の部屋で、Ellaの曲を聴くのが、最高の贅沢でした。それだけではなく、クリスマスにもピッタリなのです。僕が「tomorrow」を書いたときに、プロデューサーの山里から、「何だっけ?このメロディ。誰かの名作を感じるんだよなぁ・・。」結局、分からぬままで、レコーディングは進みました。それから、10数年後、久しぶりにElla Fitzgeraldを聴いているときに、ハッとしたんです。「Someone To Watch Over Me」でした。こんな、感じで、知らず知らずのうちに影響を受けているものなんですねぇ。 引用元 - ASKA-blog 2016.7.24


更なる表現の追求

澤部渡さん 2014.12
『DOUBLE』(2007年)までの活動について

音楽的野心を全く捨てない30何年間だったんだと。(中略)よりストレートに自分の原体験に近づけて、なおかつ全部の楽器を手配出来る経済力。(中略)自己模倣にもならず、ひたすら自身の表現を追い求めていった結果なんだろうなという気はします。 引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「マキタスポーツラジオはたらくおじさん(チャゲアス再評価特集)」2014.12.13


ASKA 2021.3
変化にまみれた人生

僕は「Never End」の中で、こう歌いました。「もういつか僕は変わり続けることでしか 生きていくことができなくなってる」
自分を振り返っても、そうですね。変化にまみれた人生です。
引用元 - ASKA-blog 2021.3.22


澤部渡さん/音楽ライター臼杵成晃さん 2019.3
「パパラッチはどっち」(2007年)について

澤部:僕、何年か前にすごいCHAGE and ASKAにハマっちゃって。本格的にハマるきっかけになった1曲っつうのがあるんで、それを聴いてほしいっす。
(中略)
臼杵:完全にソフトロックというか、ビートルズというか、ニルソンというか・・・すばらしいですね。
澤部:ね。めちゃくちゃ良い。ただアルバム全部が流石にこの音像っていうわけじゃないんですけど、ちょっとこの曲は異常なんですよ・・・
臼杵:異常に良いですね。
(中略)
臼杵:さっきのチャゲアスがもう・・・今すぐレコード屋に行きたいぐらいの衝撃を受けているんで・・・
澤部:そう、結構良いっすよ、2000年以降のチャゲアス。わりとね、ああいうコテコテの音じゃなくなってくんですよ。それがね、良いっすよ。
引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「NICE POP RADIO」#71 2019.3.8


ASKA 2012.11、2018.10、2019.1
僕の音楽の位置付けは非常に難しいと思う

自分ではソウルをやってる気持ちが強いんです。イギリスではよく「ASKAの音楽はソウルだね」と言われました。それはきっと言葉を超えて感じていることだったんでしょう。歌謡曲で育ってきたから、自分の中にはメロディのおいしい部分がありながら、ロック的な要素もある。音楽って自分の経験が音に出てくるものですから、僕の音楽の位置付けは非常に難しいと思います。自分でもどこに存在してるかよくわからない。(中略)でもそれが自分かなと思うんですよ。時期によってやってることが違うということは、なんでもやれるということだと思いますし。(中略)皆さんがよく「ASKAっぽい曲だね」みたいに言ってくれることがありますけど、自分ではどこがそう感じさせているのかよくわかってないですから。ただ、もしそれが自分でわかったとして、自分っぽく曲を書いてしまったら、それはつまらないものにしかならないでしょうし。 引用元 - 《音楽ナタリー》ASKAインタビュー 2018.10.16


僕はもともと“○○風の曲を作る”ということが一切ないし、“○○っぽいね”と言われるのがイヤなんですよ。鍵盤に向かって、そのときに押さえたポジションをもとにして、リズムを変化させたり、コードワークを組み立てて、それが曲になっていく。作ってる最中に頭のなかに他のアーティストの曲が浮かぶことはあるんだけど、完成してみると、その曲とはぜんぜん違っていることが多いですね。“こうすればASKAらしくなる”ということもまったくわからないんです。それは多分、僕の音楽に影響を受けていると言ってくれてる方のほうがわかってるんじゃないですか。 引用元 - 《diskgarage》ASKAインタビュー 2019.1.30


いまだに自分にはスタイルってないんですね。自分の音楽を語れるってことが、僕のなかにはないんです。(中略)よく『結局、最後にはASKAになるから』って言われるんだけど、それがどこなのかはよくわからない。もしかしたら、いまだに物真似をやってるのかもしれないですしね(笑) 引用元 - 《amazon》『Rolling Stone 日本版』2012年11月号



作詞

ツイートまとめ
「ASKAの詞」
【作曲】 【ボーカル】

ツイートまとめ「ASKAの詞」より、引用部分
項目引用
ASKAの詞

ASKA 2017.12 

振り向かせるのは曲。だけど振り向かせた後で、その楽曲を大事にしてもらえるのは歌詞なんですよ。だから、歌詞にかける時間とか集中力とか、自分の中のモノを作るときの本気の度合いとかっていうのは曲を作るよりも歌詞の方が強いですね。(中略)歌詞の場合はアドリブでは出来ないので。やっぱり凄くしっかり書いていかないと。だからデビュー当時はもう、渋谷に出て本屋さん巡りで。ありとあらゆる散文詩、家にありますね。(中略)自分が詞が弱いとか、興味のなかった自分が音楽をやってることに、どこかやっぱり、本物ではないと言われているような気がして。本当に色んな散文詩を読みあさりましたね。 引用元 - 2017.12ラジオ出演時のASKAコメント


ASKA 2018.4、2020.3 

実は、僕は励ますとか、背中を押すとか、そういう歌は作ったことがなくて。「元気を出そう!」とかそういうことを言うの、もともと苦手で。(中略)自分に起ったことで、そこを自分が通り過ぎようとしているのか、すでに通り過ぎたのかという、ちょうど境目あたりのことを歌ったものが多い。 引用元 - エンタメステーション ASKAロングインタビュー 2018.4.11

――ASKAさんの歌に励まされ、背中を押されたという想いを抱くリスナーの多さにはいつも驚いています。
聴いてくれた方が結果的に「背中を押された」と感じてくれるのはとても嬉しいのですが、僕が曲を作るときに最も気を付けているのは、作者として意識的にそういう楽曲は作るまいということ。つまり、聴き手に元気を呼びかけないことなんです。聴いてくれる方をこの曲で元気付けようとか、この歌に何かを見出してほしいとか。そこは絶対に触れてはいけないゾーンだと思っています。もちろん、それを意図的に書いて達成される方もいらっしゃるので、一概に否定するわけではないですよ。でも、僕にはそれができません。自分がそこをくぐり抜ける様だとか、今の僕やこれからの僕を歌うことで、聴いてくれた方がその歌と同化したり、どこかに敏感になったりしてくれるなら、それは作り手として本当に幸せなことですね。だから、今までに歌詞として「頑張れ」という言葉を使ったことはないんです。
引用元 - e-onkyoインタビュー記事 2020.6.06


ASKA 2017.08 

歌詞は「情景描写」と「心理描写」を、うまく絡み合わせながら、作品になりますが、気づいたことがあったんですよ。歌詞の持つ強さは、もちろん、歌い手によって変わるのだろうけれども、それだけではないことに。よく、ここで使う言葉ですけど、歌詞とは「気」を込めるものだと。言霊は歌詞にも宿っていきます。それなりに言葉を並べ、後は、テクニックさえあれば、歌詞らしきものにはなりますが、それでは、そこまでです。30数年間を振り返り、「自分は、何に拘ってきたのか」と。景色だけでは、歌詞にはならないことは知っていました。歌詞の完成度(自分が思う)が、俄然高まるのは、完成となる3,4時間前なんです。それが、1日だろうが、1週間だろうが、1ヶ月だろうが、振り返ると、いつも出来上がる3,4時間前に、歌詞が急激に変化します。これは、ここで語るには時間がかかることなので、今は、語れません。その、3,4時間の精神状態に、自分を持って行くことに、持って行けることに気がついたんですね。 引用元 - ASKA-blog 2017.08.07


ASKA 2018.9 

曲作りにはいろいろな方法がありますけれど、多くの場合、僕は映像をイメージします。その風景が言葉を呼んでくれる。『通り雨』で頭の中に浮かんだのは、フランス映画の日本語版のようなイメージでした。(中略)今は目に入るもの、出会う人、訪れる場所……、すべてが曲のテーマになっています 引用元 - AERA dot.インタビュー 2018.9.25


ASKA 2020.3

――印象に残る歌詞もASKAさんの歌の特徴です。不躾な質問かもしれませんが、その「言葉の感覚」はどのようにして培われたのでしょうか。
歌詞については自分で語ることではないと思っているんですが、そのうえであえてお話しさせてもらうとすれば、とても普通に当たり前の言葉で伝えるべきだと思っています。そして、ここで使っちゃいけない言葉というものとの区別は意識しているつもりで、例えば「ここは比喩でいくべきだ」と思えば必ずそうします。その意図について、リスナーが「あ、そうか」とあとで気付いてくれればいいことですし、気が付かなくてもそれはそれでかまいません。聴いてくれる方の受け取り方によって楽曲がイメージされれば、僕はそれで十分だと思っています。
引用元 - e-onkyoインタビュー記事 2020.#6.06



ボーカル

【作曲】 【作詞】

項目引用
ASKAのボーカル

ASKA 2017.03 

まず最初に、僕は、歌が上手くありません。本当にそうなんです。僕は、自分が上手いと思ったことは、一度もありません。長い歌生活の中で、そう聴こえるように歌っているのだと思っています。僕が、本当に「こいつは上手い!」と、唸ってしまうのは、玉置ですね。あいつは、化け物のように上手いです。囁くようなウィスパーボイスから、パワーボイスまで、あんなに安定感のあるボーカリストはいません。(中略)みなさん、長い間、騙してすみません。これからも、騙してみせます。 引用元 - ASKA-blog 2017.03.24


ASKA 2018.9 

(5年ぶりの本格的なライヴを行うにあたって)普通に出てきて普通に歌います。でも、誰にも歌えない歌に向かわなきゃですね。 引用元 - Fenderインタビュー 2018.9.03


ASKA 2018.12 

『歌手としての進化』
デビュー当時の歌い方は、とにかくピッチに気をつけて綺麗に歌うこと。それから途中は表現することに変わりましたね。で、その表現とピッチをして今度、自分の歌の中で相手の中に入っていくっていう歌い方になりましたよね。自分がそこに向かって歌を言葉を投げ込んでいく感覚ですよね。その時はちゃんと相手の胸に入って来てるのが分かりますから。ただ、でも少し何かあって集中が途切れて他のこと考えた時ってのは、歌が歌じゃなくなってるのが分かる。ピッチじゃないから、歌は。…
『ASKAにとって音楽とは』
音のあるテレパシーだと思いますね。テレパシーというのが本当にあるなるば、それを音で表現しているだけだと思います。繋がりあえるもの。同じ時代を歩いてる時に巡りあいによっての、音楽というものを通して。これがひとつの出会いだと思ってますので、それは大切にやっていきたいと思ってます。
引用元 - フジテレビTWO 特別番組「ASKA PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2018 -THE PRIDE- presented by billboard classics」インタビュー 2018.12.29



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