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Chageさん 2010.4 「はじまりはいつも雨」について
ASKAワールドがこの辺で確立されてきた。メロディーといい詞の世界観といい、言葉と音符が一緒になる。合流するコラボする。なんか日本人のこの琴線に触れるようなメロディライン。言葉、詞の世界がASKAワールドを炸裂している。
引用元 - 《文字起こし》ラジオ番組「Chageの音道」#1 2010.04
根本要さん 2018.10 ASKAのソングライティングが急に変わった
あまりにも、そのあの90年代ぐらいからASKAが変わったんだよ、俺が知ってるASKAじゃないっていうか、こいつはこんなに音楽的に長けてたはずじゃなーい、というのがね。(中略)ところがやっぱりさ、どんどん、なんだこれ、聴いたことないぞこんな音楽、って風に変わっていったわけ。俺はそれも知りたかったからね、あの「デェラ・シエラ・ム」を一緒に作ろうということでスタジオに入った。もうね、切れ味すごかったね。
引用元 - 《文字起こし》ラジオ「Nack de Lock」2018.10
根本要さん/ASKA
根本:ASKAのソングライティングが急に変わった瞬間があるような気がしたんだよ。たまたまメガヒットという言葉になってしまったからかも知れないんだけど、その前くらいから作風が神がかり的になってきた瞬間があった気がしたんだけど。俺はねそういうのをね、感じた事が自分の中で無いわけよ。だからなんかあるのかなって。聞きたいじゃんか。ASKA:言われて気持ちいいけどさ、そんなもん。有難いけどさ。そういうの意識してないのよ。ただ、(中略/補足:ギターで作曲していても)分数コードの分母が良く分からない。そういう響きの中ではね、自分の中でメロディが生産されないのよ。それでピアノに変えて。ピアノも全然弾けなかったんだけど、とりあえずキーボードに変えながら、それと初めて影響されたのは・・・、おれ、ミュージシャンに影響されたってのはなかった、それまで。もちろん陽水さん聴いてこの人みたいな歌、歌いたいなということで始めたんですけどね、でもそれ以外、みんなミュージシャン、誰々ですか?というと、みんな洋楽の名前言うわけ。ビートルズとか。色んな知らない人の名前言って、おれに知らないうちにプレッシャーかけてくるわけよ。洋楽も知らなかったの。色んな雑誌インタビューでもみんなそういう風に言ってるでしょ。洋楽に嵌り込んだというのはなくて。たまたま、このデビット・フォスターという人にだけはびっくりするくらい嵌り込んで。あの人のイメージを自分の中で浮かべながら、自分が歌えるニュアンスのものというのを作り上げていく。どうしても歌い癖があるから絶対同じモノにはならないのね。そのイメージを持っていったら、そうなると色んなアイデアが湧いてくる・・・きた時のことを言っているんじゃないかと思うんだけど。初めて自分が作りたいもののエッジが見えてきた時かもしれない。(中略)あの時思ったのは、音楽って強弱なんだなって。今更よ。その頃に。(大きく)ダダダン(小さく)チャンチャンチャン・・強弱のバリエーションでこんなに変わるんだなっていうのはね、常日頃ずっと気にして作っていた時期のことなんだね、きっとね。
引用元 - ---
ASKA 2018.12、2019.1、2019.4 僕の音楽を変えた人。「デビッド・フォスター」
デビッド・フォスターの音楽に出会って、始めて書いた曲が「LOVE SONG」です。いろんな人たちから、「一体、何があった?」と、言われた曲です。僕の音楽を変えた人。「デビッド・フォスター」
引用元 - ASKA-blog 2018.12.01
──ASKAさん以前から「自分にはルーツがない」と仰ってますよね。 そうなんです。ただ、デイヴィッド・フォスターだけは別ですね。彼の音楽によって、自分がやってきたことを根こそぎ変えられるのほどの影響を受けたので。デイヴィッド・フォスターの音楽はアカデミックなものから、ポップス、ロック、映画のサントラまで多岐に渡っていて、すべてが素晴らしい。彼のメロディ、コード進行、サウンドの響き方にはずっと憧れています。
引用元 - 《diskgarage》ASKAインタビュー 2019.1.30
―具体的にはデイヴィッド・フォスターからどんな影響を受けたんですか? ASKA:音楽的な話をすると1度から4度っていうサビの進行があるですが、デイヴィッド・フォスターは、1度、4度を多用する人なんです。その技法はとっても基本的なことなんだけど、その基本的なことを気持ちよく聴かせる手法を持っている人なんです。当たり前なことをしてるのに、なんでこんなに気持ちいいんだろうって思っていて。彼に影響されて初めて書いたのが「LOVE SONG」。それから「MY Mr. LONELY HEART」という曲はもろシカゴだしね。それから「はじまりもいつも雨」もデイヴィッド・フォスターに影響されています。そして、その頃から、自分の楽曲がどんどん変わっていって。今でこそ「転調と言えばASKA」と語ってくれるミュージシャンがいたりもしますが、その転調もデイヴィッド・フォスターの影響です。(中略)彼の音楽には、自分を変えるヒントが散らばっているんだと。ミュージシャンとかプロデューサーにこんなに刺激を受けて崇拝することは生まれて初めてでした。もちろんビートルズは、この上なく素晴らしい。でも、僕が初めて衝撃を受けたのはデイヴィッド・フォスターでした。それからは楽曲の作り方が全面的に変わったし、一斉に世間が注目し始めてくれました。
引用元 - 《Rolling Stone》ASKAインタビュー 2019.4.17
ASKA 2010.2 (1989年 半年間ロンドン渡航について)自分の作る音楽と向き合う毎日だった
ライブに行ったり地元の音楽に触れたり音楽漬けの毎日でした。僕はこの機会に自分の作る音楽と向き合い毎日曲を作り続けました。 「ASKAの音楽って、どこかこう来てここに行くのってあれ独特だよねと言われることが多かった、良く分かんなかったですよね、それが何なのかは」 「個性と癖って紙一重ですよね、個性は受け入れられるけど癖は否定されるじゃないですか、そこは凄く見極めとかなきゃ駄目だなと思って自分で自分の作り方っていうのを、どこからどこでどういう気持ちになっているんだろうっていうのをずっとやってましたね。その半年は大きかったと思いますよ、僕にはね」
引用元 - 《NHK》「SONGS」第123回 2010.2
野井洋児さん 2020.12
一般的に、4度(ヨ)と7度(ナ)の比率が少なくなれば和風に近づき、逆に増えれば、洋楽的な雰囲気が強くなっていきます。ASKAさんはメロディを作る際、コード進行や、楽曲の完成予想図を測りながら、この比率を調節しているというか、その時その時で、ニーズだったり、一番気持ち良い楽曲にしようと作った結果、自然にそうなっていってるんじゃないか、と思います。なので時代や楽曲にもよりますが、ASKAさんの楽曲は、ある人にはオリエンタルなメロディに聴こえ、ある人には、洋楽アーティストがカバーしても全く違和感のない、世界的に普遍的なメロディに聴こえるのだと思います。
引用元 - 《note》(対談)『音楽家は思う、ASKAのメロディはこうやってできている。 《プロのオフトーク #3》』2020.12.22
①ポップス
ASKA 2019.4 ポップスは分かりやすくて大衆的であるということ
井上大輔さん(2000年5月逝去。享年58歳)との出会いも大きかったですね。(中略)大輔さんと会って、ポップスとは何かを教わって、それを意識して書いた曲が「恋人はワイン色」です。(中略)ポップスは分かりやすくて大衆的であるということ。それに尽きると思う。だから、ポップスが別に素晴らしいわけじゃなくて、ポップスといううつろいゆく世界の中で音楽を続けられることが素晴らしいことだと思っていますね。なので、大衆的だし流行りものだから消えては現れ消えては現れするのがポップスなんだけど、そこでちゃんと残っていくには残るだけのことをしなきゃいけないんだとは思っています。
引用元 - 《Rolling Stone》ASKAインタビュー 2019.4.17
松崎真人さん 2020.2
この時点でASKAさんのメロディセンスがすごいポップな方向で炸裂して、きらきらと光っておりますね。(中略)8分音符で「♪I don't foget you. Missing you 」これが入らないとわりと全体がスローな、ゆったりした曲になるんですけど、ここで8分音符で英語のフレーズが入ることで、サビに行く前にきゅっと締まってサビで解放される気持ち良さがございますですね。
引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「MUSIC★J」2020.2.20
西寺郷太さん 2020.5
ASKAさんの選ばれた言葉とメロディのこの感性がかなり洋楽的と言いますか、グローバルな音楽に聴こえるんですよね。(中略)ASKAさんの楽曲は聴きとりやすい日本語であっても洋楽的に響くんですよね。
引用元 - 《音楽ナタリー》『西寺郷太のPOP FOCUS 第5回 CHAGE and ASKA「恋人はワイン色」』2020.5.12
②ハーモニー
Chageさん 2019.8 「恋人はワイン色」(1988年)について
わたくしのCHAGEのパート、ハモりのパート、まあ・・難しかったっちゅうか、楽しかったっちゅうかね。凄いなと、音の積み方が。勉強になりましたよ。ほんとに。特にサビのところなんか凄いんですよ。音がぶつかったりしますからね。それがまた良かったりするわけです。
引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「Chageの音道」#491 2019.8.25
(SCREEN mode)太田雅友さん 2019.6
チャゲアスはやっぱり二人組なんで、CHAGEさんのパートもちゃんとキレイなメロディになるように作られているんですよね。普通の歌メロに上にのっけてくだけだと結構トリッキーなフレーズになったりする場合があるでしょ、でもこれはCHAGEさんもちゃんと歌えるように、どっちも成立するようになっているんですよね、チャゲアスの場合はね。
引用元 - 《YouTube》ラジオ番組「A&Gリクエストアワー 阿澄佳奈のキミまち!」2019.6.29
③バリエーション
ASKA 2017.11 持ち味はバリエーション
僕は、自分の持ち味はバリエーションだと思ってるので。何かひとつの色を求めてアルバムを作っていくタイプじゃないんですよ。そういう楽曲作りはできないみたいですね。
引用元 - 《amazon》『音楽と人』2017年12月号
ASKA 2021.2 ロック(松本晃彦との出会い)
(1998年の「花は咲いたか」は、)プロデューサーの松本晃彦との出会いにより、ロック色が濃くなった時に生まれた曲です。松本は、僕の周りのミュージシャンの中でも、いち早く、ワールドワイドに目覚め、当時、楽曲を書く前に、たくさんの洋楽を聴かせてくれました。「打ち合わせ」として、丸一日、スタジオで松本お勧めの洋楽を聴くだけの日が何日もありました。 「ASKAさんのロックはこれだよ」 確かに、聴かせてくれたどの曲も本当にカッコいいと思った。音楽の指向性が同じだったんですね。カッコ良いもの、気持ちの良いものが、同じ波長で感じあえた。
引用元 - ASKA-blog 2021.2.22
ASKA 2016.7 ジャズ(エラ・フィッツジェラルド)
Ella Fitzgeraldを、聴いています。ジャズシンガーです。デビュー5年を過ぎた辺りで、このシンガーと巡り会いました。クーラーの効いた真夏の部屋で、Ellaの曲を聴くのが、最高の贅沢でした。それだけではなく、クリスマスにもピッタリなのです。僕が「tomorrow」を書いたときに、プロデューサーの山里から、「何だっけ?このメロディ。誰かの名作を感じるんだよなぁ・・。」結局、分からぬままで、レコーディングは進みました。それから、10数年後、久しぶりにElla Fitzgeraldを聴いているときに、ハッとしたんです。「Someone To Watch Over Me」でした。こんな、感じで、知らず知らずのうちに影響を受けているものなんですねぇ。
引用元 - ASKA-blog 2016.7.24
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